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2014 10,14 12:05 |
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週末から昨日にかけての連休、私はほとんど自宅におりました。
ただ、ちょっとしたこと(本当に大したことじゃないんです)で体調が悪い家内の世話に掛かりきりで、ほとんど模型を弄れていませんでした。 そこで今日は、思い出話で場つなぎの更新をしてみようと思います。 初めて作ったプラモデルは何? 某SNSでそんな話題が出ていました。 私の記憶が間違っていなければ、私が初めて作ったプラモデルはタミヤの1/700 航空母艦「隼鷹」(ウォーターラインシリーズ)です。 私が小学校2・3年生の頃だと記憶しています。 今を去る40年ほど前のことですなぁ。 そのころ住んでいた家の近所にM嶋君という同級生がいました。 M嶋君の家に遊びに行った時、綺麗に作られた空母「赤城」がテレビの上に飾ってありました。 その子が作ったものでした。 M嶋君は器用な子だったんでしょう。 これを見て自分も作りたくなり、親にねだって買ってもらって作りました。 自分は器用でもなく、また満足な道具もなく殆んど“手もぎ”で作りましたのでマストなんかはボキボキに折れ、接着剤ははみ出しまくりでしたが、自分としては大いに満足でした。 その頃の多くの子どもたち同様、私は模型に色を塗るなどということもなく、とにかくウォーターラインシリーズを作り倒していました。 これで話が終わってしまうとあまりにも何なので、後日談などもお話ししましょう。 小学校高学年になると、私の“艦隊”は大小取り混ぜて40~50隻以上にもなっていました。 実は子どもの頃、私は病弱な子でした。 私の父には、自分が貧乏な家に生まれたせいで大学に行けなかったという悔しい思いがあり、また病弱で将来身体を使った仕事で生きていくようなことは到底無理だと思っていた倅(=私)に、とにかく勉強をするように強いていました。 そして、当時の北海道では珍しく、中学入試(道教育大附属中学)を受けることになっていました。 ところが馬鹿息子は勉強そっちのけで、とにかくプラモデルばかり作っています。 どういう経緯だったかは忘れましたが、ある時父の怒りが爆発しました。 「こんなことばっかりやっているから、勉強しねえんだ!!」と私の部屋にバットを持って怒鳴り込み、私の大艦隊は父の怒りのバットによって数分と掛からず粉微塵に粉砕されました。 父の怒りの嵐が過ぎ去ったあと、私は茫然としながら後片付けをしました。 ただ一隻奇跡的に無傷で残っていたのが駆逐艦「吹雪」でしたが、これも処分することにしました。 そして心に誓いました。 艦隊は必ず再建しよう。 そして、今度は色も塗ってみよう。 案の定というか、道教育大附属中には落ちまして、公立の中学校に行くことになりましたが、中学生の頃には塗装されたフネたちが続々と建造され、昔日の隆盛を凌ぐほどになっていました。 またタミヤのリモコン・シングル戦車、ミリタリーミニチュアシリーズなどにも本格的に手を広げました。 父もすっかり諦めたのか、もう何も言わなくなりました。 「まあ、馬鹿につける薬はないからな。」 さて、今度は模型と母の思い出を。 中学校1年生の頃だったと思います。 私は自分の部屋で、缶スプレーで戦車の塗装をしていました。 塗料が飛び散って部屋を汚さないように新聞紙を敷き詰め、また換気のために窓も大きく開けていました。 ただ惜しいことに、私は風向きについて考えが及ぶほど賢くはありませんでした。 スプレーを使っていると、部屋のドアがいきなり開きました。 母が憤怒の形相で立っています。 そして、何かを早口で怒鳴ると、ツカツカっと部屋に入ってきて、私の頭をゲンコツでぶん殴りました。 左手に戦車、右手に缶スプレーを持っていた私は何の防御もできず、戦車も床に転げ落ち壊れました。 つまり私が塗装をしたとき、窓は開けていたものの風が戸外から屋内に吹き込み、家じゅうが思い切りシンナー臭くなっていたのです。 以後自宅ではシンナー(=ラッカー系塗料)使用禁止が言い渡されました。 私の、タミヤエナメルをメインに使って塗装するというスタイルの基礎はこのとき定まったのです。 また、あとで聞いてみたんですが、母が怒鳴っていた内容は「それでなくとも馬鹿なのに、シンナー吸ってこれ以上馬鹿になってどうする!?」ということだったそうです。 正論っちゃあ、正論ですな。 両親とも今では70代後半です。 私にとって若干どうなの?というところも少なからずあったわけですが、まあ、健康で長生きして頂きたいと思っています。 PR |
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コメント |
…まあでも、今や立派におなりわけで。ワタクシなんざ何の反省も振り返りもなく生きております(^_^; …プラモ製作対親っていうのはネタとしてあるので、そのうちこちらのブログにでも書いてみましょうかねぇ…。
Spitfire Mk.24 さん
歳をくって、確実に身体はオッサンになったんですけど、
頭の中身はおバカな男の子のままですなぁ…。(苦笑 ところで親対模型、妻(家族)対模型というネタも面白そうですね。 |
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